2014/05/27

大切なものは目には見えない

M)
『星の王子さま』って、実は今まで読んだこと無かったの。最近になって今さらストーリーを知って感動しちゃった。
バラを残して旅に出てしまうんだってね、

R)
そうそう、自分の星にバラを置いて来てしまったんです。
たった一つしか無い花だと思っていたら、地球にはめちゃくちゃあったっていう・・・w
それで王子さまは愕然とするんです。

M)
それでどうなるの?

R)
地球のバラも同じようにきれいなんですけど、たった一つの自分の星にあった花の方がやっぱり自分にとって一番大切だったって気づくんですよ。
美しい言葉と柔らかい幼子が話すかのように染み入るシーンの描写が大好きで。

人間たちはもう時間がなくなりすぎてほんとうには、なにも知ることができないでいる。
なにもかもできあがった品を、店で買う。
でも友だちを売ってる店なんてないから人間たちにはもう友だちがいない。

ぼくはね、花を持ってて、毎日水をかけてやる。
火山も三つ持ってるんだから、七日に一度すすはらいをする。
火を吹いてない火山のすすはらいもする。
いつ爆発するか、わからないからね。
ぼくが火山や花を持っていると、それがすこしは火山や花のためになるんだ。

花が、なぜ、さんざ苦労してなんの役にもたたないトゲをつくるのか、
そのわけを知ろうというのが、だいじなことじゃないっていうのかい?
花はよわいんだ。むじゃきなんだ。できるだけ心配のないようにしてるんだ。
トゲをじぶんたちの、おそろしい武器だと思ってるんだ。
花って、ほんとに矛盾してるんだね。

でもぼくはまだ、あまりに子どもで花を愛するということが、
どういうことなのかわからなかったんだ。
もちろんぼくのバラだって、
通りすがりの人が見ればきみたちと同じだと思うだろう。
でも、あのバラだけ、彼女だけが、きみたち全部よりもたいせつだ。

だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきだったら、
その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。 
(『星の王子さま』より)

nと(n+1)の間

R)
見えないものを見る力って、日本人が長けているすばらしい分野ですよね。 

M)
科学の力はものが見えすぎて過剰なんだていう論調もあるけれども、本来はサイエンスとクリエイションって隣り合わせで、コラボレーションスべきだよね。

R)
最近私もそればっかり考えています。
文化とスピリチュアリティーとテクノロジーとサイエンスは融合すべきものなのではと。

M)
科学って、私なりの解釈なんだけど積み木みたいなものだと思っているの。 
床や机に積み木を一枚一枚重ねていくと、当たり前のことなんだけど1枚目の上には2枚目、その上に3枚目、4枚目ってなるでしょう? 
それを数式にするとn枚目の上に(n+1)枚目が置かれる。要するに科学ってそういうものなんだなって。

R)
ちょっと格好いいですねw

M)
で今21世紀を迎えて、20枚めの上に21枚目がうまく乗っからないで「あらら?」っていう感じになっているように思うの。 

R)
あーそれはなんか分かるような気がします。 

M)
こんな時代に誰が何をしたら良いのかって言うと、私たちの時代だと思うの! 

R)
あはは! いいですね。えっと、つまり魔法使いってことですか?w

M)
それも含めてねw 要はクリエーターの出番だと思うの。
うまく行っていない時に「こうやれば21枚目が乗るでしょう?」ってビジョンの提示をする。
これはもうクリーターに課せられた誇り高き使命だと思うんだよね。見えないものをたぐり寄せる力っていうのかな。



渦と宇宙意識

M)
テオドール・シュベンクっていうシュタイナー系の学者さんが書いた『カオスの自然学』っていう本によると、水の本性は「丸くなりたい」んだって。
科学的な言い方をすれば、たぶん表面張力とかそんな話だと思うんだけど。
無重力の宇宙空間で水って丸くなるでしょう?でも地球上では重力が有るから丸くなりきれない。
重力って直線的な力だから、丸くなりたい力と拮抗して、やむなく水は蛇行するし渦を巻くんだって。 

R)
なるほどー!川って言っても直線なのは人間が作った運河だけですよね。
自然の川はくねくね曲がってますもんね。

M)
運河だってよくよく見ると、まっすぐな水路の中でも渦巻いて流れていく。 
渦を巻くっては、テオドール・シュベンク曰く「水を介して宇宙意識が刻印されたものである」なんだって! 

R)
そっかそっか、なるほど!
宇宙はスパイラル、渦の中で色んなものを形成しているんですね。
その宇宙意識が水を介しているから、それを吸い上げている植物たちは宇宙の形をしているんですね。

M)
そうそう、私たちの身体も渦巻きだらけでしょう?
DNAだけじゃなくって、見えてる所だけでもツムジとか。性格だってひねくれているしw

R)
(笑)
つまり、私たちも宇宙の刻印を象っているということですね。格好いいですね、人間!  

M)
そう思うと、一つ一つの渦が愛おしくってね。
ツムジって髪型を作るには邪魔なものでもあるんだけど、そこに実は何かメッセージがあるのかなって思うと接し方が変わってくる。と接し方が変わってくるんだよね。

R)
なるほど。メタ視点というか。

右巻きで逃げる

R)
私、占星術をすこしかじったんですけれど、渦意識っていいですよね。天体も宇宙を動いている中で周り巡っている。
「惑う星」と書いて「惑星」って呼ぶですけど、お互いが干渉し合って引力で引っ張られて、ある種の渦になってお互いに移動している。 
私たちは宇宙と同じような動きをしているのかなって。 

M)
渦をまく方向にも意味が有るらしいね。
台風ってあるでしょう?北半球だと左巻き、南半球だと右巻きになるんだけれども、南半球の右巻きは台風に育ちにくいんだって。
左巻きのは連鎖し易くて、右巻きだとバラバラになるらしい。

R)
あーそれは面白いですね!左巻きは力を合わせてしまうんだ、否応無しに。

M)
ねー。
嫌な人に出会ったら、右巻きで逃げて行く!

R)
あははは!それいいですね。バラバラになりますよね、そうすれば。

M)
好きな人は左巻きですり寄って行くw

R)
左巻きで来られたら、ちょっと警戒しちゃいますけどねw



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#1 Cameo Lover / Kimbra
#2 pinpre / salmon cooks U-zhaan
#3 ジレンマの花 / Keison
#4 Upswing / Flakjakt 
#5 Before Love Went Out of Style / Radka Toneff & Steve Dobrogosz 
#6 Love is in Town / Brenda Boykin
#7 The Will Of Life / DJ Matsuoka 
  

羽ラジ

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2014/05/20

いちばん古い記憶

M)
生まれてから一番古い記憶って、1歳半くらいの人が多いらしいね。
りえちゃんはどう?

R)
これが一番古いんじゃないかなって思うのは、たぶん2歳とかそのくらい。
よく思い出すんですけど、小田原城で桜の時期に家族で過ごしてる。
愛に溢れている映像として記憶されています。

M)
幸せな思い出だねー。
りえちゃんの人生は幸せから始まったんだね。

R)
かもしれませんね!
記憶の始まりが幸せからだったってスバラシイ! 

M)
私は光が眩しかった思い出なの。まだ歩く前。
そんな時代の事を覚えているのかって自分でもびっくりするんだけど、
父親に抱っこされて光の降り注ぐ丘を登っていくんだよね。
とにかくまぶしかった。

R)
光のまぶしかった記憶、、、かなり神秘的ですねー!

M)
実はもっと古い記憶があって、
生まれる前、っていうかこの世に飛び出てくる時の、ビジョンっていうのかな。
沢山の人の声が聴こえたの。10人や20人どころではなくって10万100万レベルの沢山。

R)
どこに生まれでたんですか!w

M)
物心ついたときからずっと持っているイメージなんだけど、
大人になってようやく言葉にしてるから大分脚色が入っているのかも知れないけどねw
地響きのような人の声が聴こえて、それで「行かなきゃ!」って思って取る物も取らずに飛び出て来た。
ヘルタースケルター』っていう映画の冒頭に「悲鳴と歓声はよく似てる」っていう言葉が流れるんだけど、
私と同じだと思って、それを観てちょっとホッとした。
あれは一体なんだったんだろう・・・
R)
モトカ妄想ストーリーですw


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M)
ところで、武器になるものってある? 

R)
「キャラクター」かな?w
自分が使われるというよりも、自分が自分をどう使っていくのか。
「武器」というより21世紀的な言葉になっていく事が望ましいんですけど、
「自分が武器」という感じで生きていたいなと思います。

M)
人生を生き抜くには自分の足で立つための拠り所が必要だよね。

R)
「職人」がそういう意味では一番素敵だなと思っています。
自分を売っている、自分の技術を売っている。 
何かに頼らずに自分自身の力を信じているというのは、すごく美しい。 

M)
今の時代、どんな「武器」があるのかなぁ?

R)
つい先日、すごい武器を持っている方々が集まるイベントの情報を見たんです。

M)
オタクの集まり? 

R)
まぁそんな感じ何ですw
自分しか分からないような研究分野を100%の力でやっている人ばかりで、武器はいろいろでした。 
科学とスピリチュアリティーを組み合わせていたり、
自分にしか分からないフェティシズムを魅力たっぷりに紹介出来るトークの能力であったり。
様々なものが武器になっているなって思いました。やっぱりキャラクターを武器にしている。
その人の持っている感性と、培ってきたモノゴトの編集能力が今の若い世代には武器なのかな。 

M)
何事も突き詰めていくと、異次元にブレイクスルーするものね。
ひらきこもり」っていう言葉があるの知ってる?「引きこもり」を極めると「ひらきこもり」になるんだって。
オタクって引きこもって狭い領域の事を掘り下げるでしょ。
外からはそれが袋小路になっているよう見えるんだけど、今の時代インターネットがあるから掘れば掘るほど向こう側で人と繋がる。

R)
いい言霊ですねw
なんだか明るさを感じるんですけど。華やかさすらもw


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#1 Rum Hee / Shugo Tokumaru 
#2 Mama Blues / Jestofunk 
#3 Tondazimu / Tonda Trio
#4 Gelnia / Takagi Masakatsu
#5 インドの街を象に乗って / Iwamura Manabu
#6 島脱あしび / 琉球アンダーグラウンド feat.いつみグループ
#7 Saturday and Sunday / kaito
#8 終わりの季節 / 高野寛+原田郁子 
  

羽ラジ

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2014/05/13

医療と健康の不都合な関係 #2

今週も小嶋先生のクリニックからのレポートです。

[ 小嶋敦さん プロフィール ]
神奈川県二宮町の歯科医院院長を勤める.
数年前、お子さんの多発性硬化症の発病とその闘病に向き合った事がきっかけとなり
マニュアル化された現代の医療、治療に違和感を感じた.
2011年、自身の歯科治療に関して保険医療機関を辞退し、
従来の医療という枠にとらわれない新たなカテゴリーを目指して日々患者さんと真剣に向きあう歯科医として活動中.
現在は、jibun cafeを医院にて開催、ワークショップ・勉強会無料相談を開催しています.


閉じ込められている人


___保険診療をお止めになったのはいつからですか?

 無謀にも2011年の4月に止めようと思ったんです。3月には震災もあって業界自体も落ち込んでる状態で、経費自体は半分くらいにしたけれどギリギリでやっていました。メリットはないですよ。保険診療と比較して収入は1/4くらいになりました。
 歯科の自費診療って胡散臭いんですよね。(笑)透明性もないし何でその値段なのかも分からない。受付で電話に出て「保険診療はやっていないんです」と言うとほとんど電話切られますよ。それはそうですよね。
 今は、そうじゃなくて何でここに電話してくれたのか、何を求めているのかを聞き出して、「それだったら多分協力できる所がありますけど保険は使えないから費用の事も相談しましょうね」っていう立場を取っていて、費用もいろいろな払い方をして頂いています。 


___あえて保険診療を止めたのは、小嶋先生が考える「医療」を提供したいということでしょうか。 

 「医療」を提供したいのではないんです。自分の生き様として、言い方は良くないかも知れないけど「国に飼われているのは嫌だ」と。
 一番のきっかけは娘です。娘が難治難病の状態にいて、その人の生き方だったり存在だったりから表現されている病気なので、それに対応しようとしたら自分が表面的な生き方をしていたら絶対に対応出来ない。娘と同じような人は沢山いるし、身体的な病気じゃなくて精神的な所で閉じ込められている人もいるのが沢山見えてくる。だとすれば僕がそれなりの覚悟を決めてこの道から外れる訳にはいかないんです。


___歯科医師というお立場から、かなりディープなところに踏み込んでいらっしゃいますね

 早く辞めちゃえばとも言われるんですよ。「元歯科医師」の方が格好いいとか。(笑)
 


納得して生きること


___「その人がその人らしくあるために」というゴールのために、どんなことが大切でしょうか?

 まず「自分に向かい合う」というのが一つですよね。自分の中に「真の部分」が有るということを気づいて欲しいですね。
 いろんな経験を排除したところで自分の中を見るということの、その入り口として「肉体を見ること」かも知れないし「ある事柄と向き合うこと」かも知れない。一人でそれをやろうとするとやっぱり難しい。人と話をしたり関わることがない限り自分を見て行くことって出来ないですよね。
 人それぞれ気づくキッカケは違うので、まずとにかく「場」を作ることですね。診療台の上で2時間話したって何も分からないですから、歯を治しに来るだけじゃなくていろんな「場」を作って、自分を見ていくキッカケをたくさん用意してあげる。
 コミュニケーションが本当に大切だし、だとすればコミュニケーションって何かを知らなければいけない。物事の考え方だったり、相手を認めることだったり、なんでも必要ですよね、生きて行く上で。 


___社会の仕組み作りとしてはどんなことが考えられますか?

 今の支配システムをどうにかして行こうというのは難しいですよね。完全に出来ちゃっているから。
 今の社会は個人が個人であっちゃいけない訳ですよ。自分を見失っててくれないと困るんです。「こうして」って言えば「は〜い」というような状態にされてしまっている。そうではなくて、個人個人ちゃんと独立して自立して、でも個ではなく繋がっているという社会を作っていかないといけないと思うんです。
 たぶん経済を持ち込んでしまうと難しいですよね。損得駆け引きを持っちゃうとダメなんです。相手が納得して生きる、自分が納得して生きるというところだけでフラットに関わらないと。



ゴールは遠いか?


___311の後、いろいろなことが暴かれて「気づき」が加速したという論調があります。医療の現場ではどうお感じですか? 

 気づいている人は増えてると思いますよ。「遠隔治療」なんて言葉を、今あんまりびっくりしない人が多いですよね。目に見えない物に対して意識が増えていると実感します。でも、世の中の95%の人は気づいてないですよ。5%くらいの人は気づき始めていたり、もともと気づいていても気づかないようにさせられている。
 例えば周りから「それは違うでしょ?」と小さい頃から言われ続けている人って結構います。「自分はおかしいんだ」と感じて自分を押し殺している。そんな人たちが「それでいいんだよ」という価値観に触れるだけで気づき始める人数は増えるんですよ。 
 そうするためには、自分らしさを失わずに持っている人たちが集まって発信をして行く。僕はそういう活動がしたいと思っています。


___ということは、小嶋先生が診療を通してメインターゲットとされているのは5%の方? 

 そうなんです。最初は95%の人たちにどう話したらいいんだろうと苦しんだりしていましたが、5%の人たちが気づい行くことで95%の人たちがある時に気づく。
 僕が関われる人数って限られていますから、そういう「場」を提供して行かないと。自分らしく頑張ったり、成長して、しかも経済を発生させていくという。


___「100匹目の猿」のように、ある臨界点を越えれば繋がり始めるかも知れません。 

 そうだと思いますよ。末端からこういう考えを持つ人たちを一人でも増やすことををやって行くしかない。根気よく、根気よく。


___ゴールは遠いですね。

 2万年くらいかかるかも知れない。(笑)
 でも、医師とか学校の先生とか弁護士とか、社会を成り立たせるための番人のような人たちから「それ違うでしょう?」っていう人がどんどん出てくれば、それはやっぱり大きく変化して来るものだと思います。難しいですけど、2〜3年経つと大分変わって行くんじゃないかな。


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#1 ウミドリ / Jazzida Grande
#2 I'm Not in Love / 楠木勇有行
#3 On My Own / Daniel Jobin
#4 Know How / Kings of COnvenience
#5 A House is not a Home / Reggae Disco Rockers
#6 Moon Child / Pharoah Sanders  

羽ラジ

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モトカ)
 ちょっとおさらい。
 私が一番印象に残ったのは、「痛みはサインであって、むしろ恩恵である」とうこと。痛みは火災報知機のサイレンが鳴るようなものだから、そのサイレンだけを止めても問題の根本的解決にはならないって。

りえ)
 ぐさっときましたよね。 確かにそうだと。

モトカ)
 あと、もうひとつ印象深かったのは「その人が、その人らしくあるために」という視点の大切さ。
 患者さんの症状は人それぞれだし、人生の中でその病気にたいしてどういうスタンスで向き合っているのかも千差万別。だからこそ個別のオーダーメイドの治療が必要という取り組みでしたね。 

りえ)
 自分を生きようとする5%の人に向けた100%の向き合い方をしておられる、不思議な先生でしたね! 
 「アイデンティティーを壊しちゃえばいいんですよ」なんて、積み上げた価値観を壊して、そこからまた積み上げればいいんだよってやっぱりすごいと感じました。
 それと似た感覚のお話があって、「逆バンジージャンプ」って知ってますか? 

モトカ)
 逆バンジー?(笑)

りえ)
 「逆バンジー」って、その名の通り、下にいる自分が上に急に引っ張られるという物。3、2、1、ポーン!って上に引っ張られちゃうんです。 
 私たちが知っているのって落ちる方なんですが、積み上げて来たものを壊されて衝撃を受けて上がって行くという、進化論に共感するように感じているんです。

モトカ)
 あー! 進化論ね。なるほど。
 それで思い出したのが、フリッチョフ・カプラの『ターニングポイント』っていう本。
 文明の進化はなだらかに移行していくのではなくて突然AからBへ切り替わる、ということを言って、「パラダイムシフト」という語を生んだ。

りえ)
 逆バンジーですよ!右上がりの曲線グラフがあったとして、 なだらかに見えてるんだけどその一カ所をズームしていくと、結局はブロックが階段のようになっている。進化は階段形式というか。上にどんどん行くためにはステップアップということですよね。

モトカ)
 そうだねー。
 「100匹目の猿」のように、ある一つのコミュニティーの中で一人の人が気づいても変わらないし、2人でもダメ。10人でも99人でもダメなんだけど、100人という臨界点に達したときに急にババっと全体に拡がる。そういうことなんだろうね。

りえ)
 前回の、宇宙がリアクションの繰り返しで進化しているという話ともちょっと似ていますね。

モトカ)
 うん。
 何事にも「臨界点」があるんだろうね。まず一人一人が自分自身を確立して、その人たちが一定の量まで増えた時に初めて切り拓かれていく。

りえ)
 いやいや、「逆バンジージャンプ」で急にやってくるんですよね、変化って。
 でも、ただ待っているだけじゃなく、小嶋敦先生がおっしゃるように受動的ではなく能動的に感じ続けることですね。

モトカ)
 私、自分の座右の銘にしている言葉があってね。
 「期待はしない、けれど奇跡は信じる」

りえ)
 んん〜〜なんかステキ! 
 期待して待っているよりも、自分のことをやっておきつつ、奇跡があるのを信じていく。
 私もこの『羽ラジ』が、気づきのプロセスとして皆様の中に感じる物があればうれしいなと思っています。

モトカ)
 そうやってしつこくチクチクと刺激をね。(笑)

りえ)
 呼び醒ましていかないとね♪ 
 今後もやって行きましょう(笑) 


2014/05/06

医療と健康の不都合な関係

今週は、心と体についてのレポートです。
二宮町で歯医者さんをなさっている小嶋敦先生のクリニックにお邪魔してお話を伺って来ました。

健康とは
病気でないとか、弱っていないという事ではなく

肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも全てが満たされた状態にあること

(世界保健機関)

病気は治らなくてもいい


___「健康」についてWHOが定義していますが、医療の目指す「治癒」ということについてどうお考えですか?

 「健康」っていう言葉自体をあまり使わないというか、そこにフォーカスしてないんです。医療は確かに「治癒」を求めるんだけれども、治癒って何でしょうね。(笑)
 一般的な医療が目指しているのは、たとえば身体的に歩けない人は歩けるとか、精神的に病んでる人は普通に社会生活を送れるとか。普通にまた働いてお金稼いで税金払ってくれるような状態に修理して戻すというようなことですよね。でも、そこをゴールにしちゃうと治癒しなかった人が負けみたいになっちゃうでしょう?カテゴリーに当てはまらなかったらダメ、おしまいって言うのはちょっと変ですよね。
 僕が考えているのは、病気症状は自分を知るためのチャンスでしかなくて、治ろうと治らなかろうとそんなの関係ないんです。病気が人生を邪魔しているのであれば、それを良くするための手助けは出来る。


医療は人生のチャンスを奪っている


___とすると、従来の医療は「チャンス」を奪っている。

 そうだと思います。
 保険診療は、保険証を持って来た瞬間に「場」が決まるんです。病名をつけたらやり方は全部本に書いてあってやり方も決まっているから、それから外れたら混合診療で全部自費なんです。どんな人であろうとどういう状況であろうと全く関係ない。上手く行かなくても「こういうシステムだから」って言える。結局は保身と経済だけで成り立っているんです。
 医療の常識からすればしなければいけないことって有るのかもしれないけれど、そうじゃないことってたくさんあったりするんですよ。不安は取り除いてあげないといけないけど、後は自分でどうにかする方法を探してくれた方が良いですよね。
 歯医者に来たのに痛みを取らないでどういうことだって話になるけど、話をしてこちらのスタンスが伝われば「脳」は分かるんですよ。

___「脳反射」ということをおっしゃっていますが、それについて教えて下さい。

 既存の医学が正しい訳では無いし、それが相手に絶対合う訳でもない。じゃあ何を基準に持ってくるのか?
 構造医学っていうのがあって、それは重力を基準にするんです。人が地球上で重力がかかったときに身体がどう歪んでいくか。そういうのを見ながら進めるんだけど、最終的に基準とするものはその人の中にしかないっていう所に辿り着いたんです。
 「脳反射」っていうのは、その人の「脳」の中に有る情報を取り出すための手法なんです。筋肉に力が入るとか入らないとかっていう反射の機能を使って脳の情報を取って行くとう「キネシオロジー」のような方法です。
 例えばこの鎮痛剤が自分に合うか合わないかという時に、痛みをとるという浅い設定ではなくて、自分が成長するために使えるかどうかっていう所まで質問を投げ入れるんです。生きること全て、なんで生まれて来たのか、なんで今生きてるのか。医学の中だけではなくて、この鎮痛剤を作っている世の中のシステムはどうなんだろうって所まで見るともっと深みが出てきますよね。
 そうやってとても深いところに「YES/NO」を送り込んで答えを出してくるのが「脳反射」なんですよ。


自分を失うほど経済は発生する


___患者さんがいらした時のファーストステップとして「脳反射」というアプローチをなさるんですか?

 最初からそれをやらないです。
 いきなり潜在意識にアプローチしちゃうと相手が拒否する可能性があるので、まずはとにかく話します。「何でなの?」「どうなりたいの?」「どうしてそうなったの?」と。
 僕が関わる必要があるのか、どうして欲しいのか、場の設定をするんです。そして顕在意識が整理されてから、今度は潜在意識の中でその人が何を求めてるかを調べなきゃいけない。その時に脳反射を使います。

 
___心理療法的なカウンセリングにまで踏み込んでらっしゃるのですか?

 そんな医学的な話じゃなくて、とにかく相手に興味が有るから知りたいだけです。ちゃんと自覚しない状態でやってしまうと信用してもらえないし、訳の分からないことになってしまうんですよ。


___「自覚」ということがキーワードですね。患者さんご自身がご自分で気づいてスイッチを押すというような。

 そうです。
 世の中のシステムにどっぷり浸かっているような人だと、自分の身体感覚を全く感じないし自覚しないんですよ。これをどう自覚してもらうか。
 でも、中にはそれを分かってしまうと困ってしまう人もいるんですね。


___困る?
 
 そういう人たちは求めてないんです。自分らしく生きたいと分かってしまうと今の生活が成り立たなくなってしまうんです。自分を失えば失うほど経済は発生する。自分を取り戻せば取り戻すほど経済にはならない。それで歯に症状が出ている人って沢山居るんです。


痛みは恩恵

 歯って本当は凄く敏感なセンサーなんです。身体がサインを出しているのに、そのサインだけを歯医者さんが消したら問題は大きくなる。例えば火災報知器が鳴っているのに報知器だけ切って「あぁうるさかった」って言っているようなものです。
 

___そう考えると「痛み」や「苦痛」は恩恵かも知れませんね。

 僕はそうだと思います。幸せは悪魔のふりしてやって来る。
 だいたい歯を治しに来たのに人生を問われる訳だから、ほとんどの人は逃げますよ。(笑)
 その人の人生がある中でたまたま歯が痛い訳で、その部分だけ切り貼りしてその人に合わない方法でやって良いとはならないです。そこがしっかりしてないのに歯の治し方を決めようがないでしょう?


___シャーマニックなお話ですね。 

 そうですか?(笑)

(つづく)


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#1 With You / Flight Facilities feat. Grovesnor
#2 月の砂漠で / Calm
#3 It's Too Fast / Tica
#4 Sunrise / SHINGO SUZUKI feat. Marina P and Blanco Nice
#5 Secret O'Life / Tomoko Miyata
#6 I Want To Be There / Marcus Miller  

羽ラジ

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「自由」ってどういうことなのかと言えば、人の生き方の問題なんです。
まず体で感じることなんです。
体は正直だから感じるんです。その感じることを忘れない。そしてまたそこから考える。そしてまた行動する。
感じて、考えて、行動する。それを繰り返せばいいんです。
これを「reaction / リアクション」と言うんです。「re」繰り返す、「action」行動。
これ、 実は、宇宙の始まりが「リアクション」なんです。「核融合反応」のことなんですよ。
宇宙が生まれた時、何もない真空じゃなくて水素とヘリウムに満たされていた。
その水素とヘリウムが核融合反応を起こしたことで、いっぱいの物質が生まれたんです。
そこに星が生まれるわけなんです。
この「リアクション / 核融合反応」で、星が生まれ、星が死ぬ。
そして、爆発してまた新しい物質が生まれる。そしてまた星が進化する。
宇宙はその繰り返しなんです。
自由と宇宙


モトカ)
 宇宙の仕組みって、どこを切り取っても、切り取った部分が全体像を反映してるよね。
 私たちが日常生活で、感じて、考えて、行動するっていうのは、宇宙のドラマと全く同じだね。

りえ)
 なるほど、細胞みたいなものですね!

モトカ)
 感じて動くってことが「感動」だから、感動しなくなったら生きてないよね。 

りえ)
 ちょっとそれは悲しい〜。

モトカ)
 私よく思うんだけど、人が人生を推進して行く力って「感動」と言うより「衝動」だと思う。衝き動かす力。
 それって、日々のリアクションとして行動していく中で出会う「何か」なんじゃないかな。

りえ)
 今思い出したんですけれど、経済行動学の本を読んだときに「感じる」ことは何も考えていない状態に近いんだそうです。

モトカ)
 やっぱり、「訪れてくるもの」なのかな。
 マニュアルで治療する医療では、患者さんにとって必ずしも腑に落ちる作業ではないということだよね。

りえ)
 その人のタイミングがありますよね。



2014/04/29

鞠つき唄は鞠が唄う

秩序がなくても平和はなり立つ


りえ)
 この間、縄文と弥生の違いは何?と聞かれたときに、縄文は秩序がない状態ですがみんなピース(平和)だった。
 猪子寿之さんという人が「秩序がなくてもピース(平和)は成り立つ」と言っていて、デジタルアートに日本の良さのようなものを流し込んでいる方なんです。猪子さんの作品て、文化伝統に愛をもってうまく作品に表現している。四季折々の当たり前の美しさを感じさせるんです。

モトカ)

 どんな作品なの?

りえ)
 大和絵や絵画を3Dに作って、一見普通の大和絵に見えるんですがそれが動くので空間に奥行きが有るんです。昔の人は世界がこう見えていたんだろうなっていう、秩序が無いように見えるんですがピースがあるという感じ。最近一番好きな人なんですよー。猪子さん格好いいなーと。というか結婚したい! (笑)


鞠つき唄は鞠が唄う


りえ)
 日本の美しさを感じる心って、儚さとか、壊れてなくなるものとか、見えない物とか、不思議な第六感で感じている物へ美しさを感じているんじゃないかなと思うんです。独特ですよね。

モトカ)
 そう言えばりえちゃん「言霊」のことをブログに書いていたでしょう?
 「音」が持つ力って私も興味があって、今日は本を持って来たの。安田登さんの『あわいの力』。能楽師さんが書いたの。能って、異界と現実の狭間の物語を描いていて、舞台の構造自体がそうなっているんだって。楽屋から能舞台までの間は橋が架かっていて、そこをわたる事が異界と現実との狭間を渡るという演出を兼ねているんだね。 

りえ)
 深いな〜。美しいですね。

モトカ)
 能には基本的に2人の演者がいて、主役の「シテ」と脇役の「ワキ」。。
 「ワキ」はたいてい旅人の設定で、物語の中で出逢う相手が「シテ」。そして「シテ」が異界をおろしてくる。「ワキ」は異界へ導くナビゲゲーター役割で、観客は「ワキ」が舞台上で体験する事を通して異界に誘われるという。

りえ)
 面白いですね! 世界感がありますよね日本の文芸には。
 『古事記』とかもそうですけど、美しさを表現するときに、あの世とのこの世を行き来するという設定が深みを出してているんでしょうか。

モトカ)
 「ワキ」はね、「何か欠落を抱えて人生を漂泊する人」なんだって。
 欠落感が有るから恋いこがれる。欠落状態があるから埋めようとする。「物乞い」「雨乞い」と「恋」は同じルーツなんだね。

りえ)
 あははは 深いですね本当に!

モトカ)
 でね、「音」の話なんだけどさ。音楽の3要素ってあるでしょ?「メロディー」と「和音」と『リズム」。それについてこんな事が書いてあったの。

西洋音楽がリズムとメロディで成り立っているように、
能は拍子と節で成り立っています。
リズムというのは、今の時点で存在しない未来をあらかじめ決めてしまうことです。
対して、「今」を刻むのが拍子です。
メロディが絶対的なら、節は相対的。
鞠つき歌の本来の姿は、鞠の弾みに合わせて歌を歌うことです。
鞠つき歌をどう歌うかは、鞠が決めているのです。(『あわいの力』安田登)

 リズムって、テンポが決まると次の発音のタイミングが自動的に決まるでしょ。つまり、最初の音がでたら、まだ存在しない次の未来を決めてしまう。それに対して日本の「拍子」って、あくまで今を刻むんだって。
 鞠つき唄ってあるでしょう? それは、鞠の弾みに合わせて歌を唄うこと。 

りえ)
 なるほど〜!
 なんかそれすごい異界な感じですね。むこうから誘われている感じしますね!「今、ここ」なんですね、ニッポンの表現は常に。


モトカ)
 ということは、ちょっと拡大解釈なのかもしれないけれど、もしかしたら日本人は「未来」ということをあまり考えていないのかも知れないね。いい意味で「成り行き」というか。

りえ)
 出たとこ勝負が得意なんでしょうかね?(笑)


モトカ)
 そうんなんだと思うの。
 私たちの日本の文化、精神性において「未来」っていう概念が無いとしたら、これすごいことなんだけどね、「恐怖」っていうのを持たないことになるんだよね。 あるいは、壊れることまで丸ごと受け入れているというか、そういうタイム感覚ってぶっ飛んでるよね。

りえ)
 ぶっ飛んでますね、優雅とも言いがたいなぁ〜ちょっと超越していますよね。時間の概念が。




いのち」は息、「こころ」は音


モトカ)
 「いのち」という言葉もね、「息の精」から来てるらしい。息(いき)の霊(ち)。
 おろち/大蛇。いかづち/雷。血。乳。「ち」は「蠢く霊力」や「強い霊性」を表すんだって。

りえ)
 素敵な意味合いですね! 

モトカ)
 ハワイの「アロハ」も、「ハ」は「息」のことなんだってね。日本の文化と同じ匂いがする。

りえ)
 そうですね、言葉に思いを込めている。

モトカ)
 鞠つき歌もそうだけど、身体の感覚ってその時々のリアルタイムな感覚。「こころ」っていう言葉も心臓の鼓動音が語源だと言われてる。「ココロ、ココロ、ココロ」って。
 心臓の鼓動は3拍子なんだね。「トクトクトク」じゃなくて「トクン、トクン」。だからね、馬にしろ四つ足なのに3拍子で走るでしょ?「パカパカパカ」じゃなくて「パカラ、パカラ」って。

りえ)
 そうか!なんか心地いいですよね、3拍子の音楽。

モトカ)
 だから今の8beatや16beatの音楽って、もともと持ってるビートと違うから覚醒するらしいんだよね。

りえ)
 確かに! 

モトカ)
 それでね、身体はそういう時々の感覚をリアルタイムに感じるのに対して、心の作用、喜怒哀楽とか感情を含めて、それは時間が生んだ。だから心と身体を行き来するっていうのは、能が異界を行き来するのと同じような出来事なんだね。
 身体への意識が薄くなると、肌への意識も薄くなる。形有る物としての自分の輪郭が曖昧になるんだね。その輪郭を取り戻して再確認するのにもっともふさわしいのが、要するにSEXだということなんだね。

りえ)
 う〜〜ん!なるほど〜。

モトカ)
 それで先週の話を戻してくると、そういった異界と異界を繋げるっていうことをあえて儀式的に繋げていくっていうのが「巫女」だっていう話に繋がって来る。
 一方で、その異界との曖昧な境界との繋がりに最もなじまないのが「文字」なんだって。確かに文字にすることによって輪郭はハッキリするんだけど、多次元的な意味合いを限定してしまう。そういう意味で「言霊」っていうのは呪術的な力がでるという話なんだね。言葉として、文字ではなくて音の側面。

りえ)
 日本の美しい詩や童謡とかって、音を大事にしていますものね。

モトカ)

 私たち羽ラジで、言葉の巫女的な、シャーマン的なことができるかしら?
 皆さんだまされて下さい♪
りえ)
 大丈夫です、十分だませますよ、私たちなら。(笑)
  



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#1 Crave You / Flight Facilities feat. Giselle
#2 Let's Live Forever, Love / Roman Andrén
#3 Anohito (He) / Lemongrass
#4 Ribbon In The Sky / Soul Bossa Trio
#5 ふつうの唄 / 山根麻衣

羽ラジ

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2014/04/22

男根力と母系社会



前回に引き続いて、縄文の郷からのレポートです。
縄文晩期の土偶が出土した里山「ブルーベリーガーデン旭」小宮真一郎さんにお話を伺って参りました。 












蛇信仰

___「蛇信仰」のことをお伺いできますか?

 蛇は1日かけて交尾をするそうなんです。両性、陰と陽、男女の和合、性の強さへの憧れを人々が持ちました。尊敬から来る蛇への信仰というんでしょうか。縄文の性というのは全く今と違う要素を沢山持っていたと思うんですね。
 土器は蛇がモチーフになっているんです。


___日本の文化をちょっと掘り下げてみると、蛇がメタファー(暗喩)になっているものが多いですね。
 例えば伊勢神宮外宮の宇賀神の形状はとぐろを巻いた蛇。お茶の「茶(ちゃ)」は「蛇(じゃ)」であるという説もあって、茶室の躙り口(にじりぐち)を躙り入る様は蛇の姿を模したものだとか。


 奈良の三輪神社も山の蛇がとぐろを巻いたものだということですし、浅野神社も諏訪大社なんかもそうでうすね、やっぱり縄文から続くような古い神社などでは蛇に対する信仰が非常に残っています。
 要するに、弥生の稲作や渡来系文化ではなく縄文からの伝統だと私は感じています。 


___この山田村には蛇はでますか?

 ヤマカガシとシマヘビは出るんですけどマムシは見たことないですね。蛇はよく見ると可愛いもので、よく小さい頃は首に巻いてました。今思うと蛇に対する思いが元々あったということですね。やはり縄文のDNAがそうさせたのかも知れませんね。(笑)
 蛇は男女の関係の象徴と言いました。男は男らしく、女性は女性らしく、おそらく男性は女性を徹底的に愛したんだと思いますね。そういう性文化があったんじゃないかなと思います。


___もともと日本の性文化はおおらかだったと聞きます。

 ですよね。
 田舎の風習を遡ると、夜這いだったり盆踊りなんかは、もともとは乱交に繋がるものだったとありますしね。 

___そういう性文化はかなり近年まで残っていたようですね。

 農村では男根が神社に飾られていたりしますから、縄文のそういう部分を残していたと思うんですよね。やはり土器に描かれている蛇とか、縄文の欠かせない大きなキーワードだと痛切に感じます。
 蛇に対する憧れ、目合ひ(まぐわい)も含めて生命力の強さ、それに対する畏敬の念があったと思いますね。 




男根力と母系社会

___ちょっと今「縄文」ということがややブームに流れて一人歩きししまっているように感じています。

 う〜ん、ちょっと表面的というかね。
 でもそれはそれで、いいと思うんです。例えばどんぐり食を普及したり、戦さがなかった縄文時代はどんな精神構造だったか、もっとあまり表に出されないものを理解していくとさらに深みが出てできますね。
 ただ、今の一般常識からはあまりにかけ離れていて想像できない世界のような気がするんですよ。全身男根みたいな人は日本中にはあまりいないですしね。(笑)


___色気が溢れる方だったんですね、縄文の人は。

 そうですね、男性的色気と言いますか。蛇信仰に繋がるような、男性的な男根力。その男性が一人いれば、女性10人が幸せになってしまうぐらいの男性力。男は男らしくあった時代。反面、女性は母性。土偶はほとんど女性の母性を表した作品が多い。
 だから現代の人々とはもう相当かけ離れてしまって想像が難しくなって来ているのかな。でも今若い人たちが縄文の価値観とかに気付きはじめてムーブメントと言いますか、この先どうなって行くのか分からない日本に縄文の価値観を取り入れて、新しい形で提案して行くという。それが私の周りでもいくつもありまして、それはやっぱりすばらしいことだなと思いますね。


___「男性性」ということがネガティブに受け止められてしまうことの一つが、やっぱり「争い」なんだろうと思います。「縄文的男性性」ってどんなもだったのでしょう? 

 それは、すばらしい視点だと思います。男性性の概念、ベクトル、視点が違っているんですよね。
 今の男性性というのは、権力とか名誉とか地位。縄文の男性性というのは、全身男根。戦さというよりも、女性を愛し自然を愛し、母性のようなものも含まれていた。女性と男性が愛し合っていれば、世の中戦さは起こらないと思います。
 そこまで含めて「男根力」というのを縄文のテーマとして皆様に提案したいと思っています。


___コミュニティーのあり方も「母系社会」だったことが大きいと思います。一妻多夫制で「家」という概念が無かったのでしょうね。子供が生まれても「うちの子」という概念が全く無かったように思います。

 そうですね。子供が生まれたら村全体で育てるとか。非常に感性に正直と言いますか。さっきの「情熱」の話とも繋がると思うんですが、今とは違う母系社会があった。
 若い男女が親になって育てるよりも、長老とか年配者にはいろんな知識も経験もあるのでそういう人に育ててもらった方が良いという、共通認識のようなものが村として共同体としてあったような気がするんですよね。子供は自分だけの責任ではない、村がしっかり育て上げようという考え方ですね。 


___「村」という言葉が出ましたが、「村」というコミュニティーのあり方は縄文的だと思われますか?
 何が言いたいのかというと、縄文的精神性を研究していくと、コミュニティーということ以前に一人一人がダイレクトに宇宙と繋がっているという精神性があった。つまり「縄文」は個人主義だった。

 そうですね。個人個人が主役であり、直接宇宙と繋がるような壮大なスケール感の中で生きていたと思います。その集合体が「村」であった。今のような「組織」ではなく、一人一人が尊厳なる宇宙を内包する存在で、活き活きと自分を瞬間的に生きながら集っているという空間。上下関係が無かった。
 ただ、長老とか経験がある人は尊敬されていたと思うんですよね。シャーマンであるとか。そういう人たちは一目置かれていたと思いますけど、「権威」ではなて「尊敬」という、そんな「村」の形だったんじゃないかな。
 だから、今の日本社会ではあまり個性を出すのがよろしくないような風潮ありますけれど、縄文の村はそうではなかったと思うんですね。それぞれ得意なことをやりきっていた。そこに豊かな性文化もあり、自然に対する畏敬の念もあり、激しい情熱もあったり。そんな時代だったんじゃないかと思うんです。 



遊女の母性

___縄文時代は今よりも人口が少なくて、つまり人類が成長局面にあったということですよね。だから性に対してのおおらかさも、そうでなければ成長できなかったのでしょうね。そうしてみると、今の現代社会は肥大し過ぎているように感じます。

 そうですよね。人口もこれだけ多くなってますし、自然を破壊しながら人が住む空間を作り出す必要性もあります。


___現代においては、そんな縄文の良さをどう取り入れて行ったらいいんでしょう?

 価値観を全く元に戻すというのは今の常識とかけ離れてしまっています。その中で、より良い接点、落ち着く場所というのがどこかにあるはずだと思うんです。
 今、男女共同参画とか平等とかいわれる中で、やはり男性は男性で女性は女性で輝いていた良い部分を参考にしながら、今に活かすことがこれからの課題でしょうね。今の社会は女性が進出して、それは良いんですけれど、女性性を殺しての進出が多々見られるような気がします。


___そうですよね。今の社会では男女の性差が無い方が経済的な要求を満たしますし、成果を得るためにはそうせざるを得ない状況になっています。

 世の中の戦争、戦乱が未だに終らないというのは、成果がないということじゃないかと思いますけどね。
 やっぱり女性は子宮を持っていて、自然の声をより聞く能力がある。縄文の男性は、女性の巫女性や感受性を理解し尊敬して敬っていたと思うんですね。
 卑弥呼の時代もそうですけど、卑弥呼は巫女的な仕事をして実際の政治活動は周りの男性が執り行って、卑弥呼は神託とか自然からの声を聞く状態を保つのが男性の役目だった。琉球国もそうです。国王が女性の巫女性を尊敬し、その声を聞きながら国の政治をやっていた。縄文ではそれが普通で主流だったんです。 


___「縄文」が今あらためて注目されてるというのは、そういう部分が大きいのでしょうね。

 私はそう思います。 
 「戦さが何故なかったのか?」と先ずみなさん言われますが、そこで男女の性文化まで見ない方が多いんです。男女の関わり合い、性文化は非常に大きいと思います。日本が引き継いでいる伝統文化のように私は感じています。
 女性らしさとは「巫女」であり、遊女的な部分だと思うんです。


___「遊女」とはどういうことでしょう?

 「遊女」というのはね、今の価値観で言うと色んな男性を相手にするという、ちょっと虐げられた差別のように思われがちなんですが、非常に母性が強い「観音様」というものと隣り合わせだと思うんです。
 私は遊郭には行ったことがないのですが、自分の好みではない男性さえも懐に抱けるというのはやはり「母性」ではないかと思うんですね。それにはもちろんお金というものがつきまとっては来るんでしょうけど。
 『古事記』の国譲りの時にも、征服してくる人々を最前戦で受け止めていたのは巫女や遊女達であったとあります。男同士の、攻めて来る側、受け止める側ということではやはりいざこざが起こる中で、受け入れる側の最前線に女性がいて交わっていくというのは深い意味があると感じます。
 実際、国王が神殿にいる巫女と交わることで自分では得られない情報を得ていたと聞きます。そういう文化があったようです。今は「巫女」というと、神社で純潔の人が白装束でというそんなイメージがありますけれど、縄文や昔を遡っていきますと「巫女」と「遊女」は非常に共通性がある。国譲りの時の「巫女」と「遊女」は大きな要素を担っていたと考えられます。


___「男性性と女性性」とは、言い換えれば「包容力と受容力」なのでしょうか?

 良い言葉ですね。そういうことかも知れませんね。世界が宇宙的な要素で、陰と陽が和合するということが全て潤滑に回るポイントだと思うんです。
 だから「縄文」のデーマとして、やっぱり男女の和合を掘り下げた所に戦さが無かった理由などが的確に掴めるんじゃないのか思います。男女が幸せに暮らした結果に、戦さがなかった。お互いが充足すれば戦さは起きないですからね。
 今の常識と価値観の中で、そこをどういうバランスで参考にしながら構築していくのかがこれからの社会のデーマじゃないでしょうか。戻る訳にはいかないですからね。


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  #1 All Things Must Pass / 中納良恵+星野 源
#2 Feel Like Making Love / Kyrsten
#3 Lovers Rock / Sade
#4 Everybody Had a Hard Year / März
#5 黄土高原 / 坂本龍一
#6 ロビンソン / Cifa
#7 Upswing / Flakjakt
#8 Lady of the Sunshine / Lady of the Sunshine

羽ラジ

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りえ)
 蛇信仰の話から、遊女や巫女のことに繋がって行くんですねー。

モトカ)
 男女の根源的な部分の話だよね。
 セクシャリティやジェンダーのあり方は、今とは違ってそのまま社会のあり方に直結していたってことだよね。

りえ)
 陰と陽がありのままだったということですね。

モトカ)
 陰と陽って言えば「知識」と「知恵」ってまさに男性性と女性性の関係だと思うの。
 字で書くと「識る」と「恵み」の違いなんだけど。

りえ)
「知識」は持っていないものを取り入れるという感じ、
「知恵」はもともと持っているものという感じがします。

モトカ)
 うん、「知恵」は授かり物なんだろうね。
 でもそれはともすると非科学的な扱いをされたりする。気まぐれで捉えどころの無い有機体、みたいな。
 だからその曖昧さを飼い馴らす必要がある。分析して、解析して、合理的に体系づけて、管理して、それでようやく 「知恵」は「知識」に変換される。

りえ)
 なるほど。
「知識」ってたしかに「知恵」よりも科学的な気がします。

モトカ)
 そうだよね。科学の恩恵ってそういうことなんだと思う。
 「知恵」は「知識」へ変換されると扱いやすくなる。
 誰にでも分かりやすく、素早く、間違いなく伝えることができるようになるから、 地球上の津々浦々にまでもれなく届けられて、そこで再生産される。
 それって植物がタネを作って風に乗せて飛ばすのと似てると思わない?

りえ)
 あー、知識はタネ、ってことですか?

モトカ)
 うん。
 この世界のあらゆる森羅万象を情報として整理整頓して遠くまで運んでも壊れないような形に落とし込むっていう作業は、まさに男性が自分のDNAをタネに宿すのと同じだよね。

りえ)
 そう考えると、タネを作るって大事な作業ですよねー。

モトカ)
 うん。
 一方で、そのタネを土に還して花を開かせる作業も大切だよね。

りえ)
 それが「知恵」ってことですね!

モトカ)
 うん。まさに女性性の側面だと思わない?
 知識と知恵、男性性と女性性、両方があって一つの環になる。それで命は巡って行くんだよね。

りえ)
 陰と陽、両方が大事ですね。

モトカ)
 うん。どっちも欠けちゃいけないよね。 
 
 

2014/04/15

日本について そもそもの話。

今週は、
神奈川県大井町の縄文の郷『ブルーベリーガーデン旭』にお邪魔して
園主の小宮真一郎さんにお話を伺って参りました。



鎮守の森

 以前一度農園の取材を受けた事がありましたね。

___2007年の「山田村夏祭り」の時でした。それがあったからやっぱり小宮さんにご挨拶しないと筋が通らないなと思って。(笑)
 今回あらためお邪魔したのは「今なぜ縄文なのか?」ということを伺おうと思ったんです。311のような大きな出来事があって皆それぞれにいろいろ考えるようになって、今の日本で起こっている問題の本質を掘り下げて行くと、そのルーツとして縄文に行き着いてしまう。


 そうですね。やっぱり日本の持っている独特な自然共生文化というのが大きいと思います。
 私は3年前から「鎮守の森」を作ろうということで植樹をやっているんですよ。今のように木を切ってしまう西洋的価値観の公園ではなくて、「鎮守の森」は1000年も人が手を加えない。
 そうすると例えばこの関東だと常緑の鬱蒼とした森になりますので、ある意味ちょっと薄気味悪い何かが居るような空間なんですけど、そこにあえて人が手を加えない。そういう、自然の森をただ守るだけではなくて、何かが棲んでいるとか森自体が神聖な物であるというような感覚は「縄文」から続いている文化だと思いましてね。
 日本人が元々もっている自然に対する畏れであるとか、そういうものを取り戻すという意味においても「鎮守の森」は非常に大きな役割を果たすのではないかな。




命は激しい

___そういう感覚は、失われてもなお残って行くたくましさがあるように感じます。

 そうですね。私はそう思います。
 「縄文」は平和で戦さがなく自然と共生して仲良く暮らしていたという反面、激しさがあったと思うんですよ。たとえば祭りであるとか火焔土器とか、良く眺めますと瞬間に命を燃やす激しさを感じるんですよね。やっぱり「弥生」と違う。
 それは「縄文」を語る上で欠いてはならないものじゃないかなと思うようになりました。その中に、男根であるとか蛇信仰という部分に行き着くように思います。


___今は「女性性の時代」と言われて久しいのですが、一方で例えば消費社会は女性性のダークサイドであると私は思うんです。つまり、今呼び覚ますべきはむしろ「正当な男性性」だったりするのではないかと思ったりもしています。

 なるほど。
 当時は狩猟の文化であり、男性は命がけで狩りをした。平均寿命も短い中で、より自然の中で、肉体を使った生き様の中で、男性は男性らしく女性は女性らしく、男女が個性を活かして協力しないと生きて行けなかった。そういう時代の要請があったと思うんですね。 
 ブータンは未だに家に男根が描かれていたり、ちょっと独特な古い性文化とか性風俗がまだ残っている。日本の農村も、明治の廃仏毀釈とか国家統一化以前には残っていた。縄文時代は今とは全く違う男女の関わり合いや性に対する思いがあると感じています。



縄文は消えたのか?

___そうした文化は弥生以降失われたのでしょうか?

 それは民族的な事に関わっていると思います。
 うちで出土した土偶は2400年前のものでもう弥生に入っているんですけど、稲作が入ってきた中で縄文の文化は日本の国土から排斥され追いやられ消え去って行ったんじゃないでしょうか。稲作を持ち込んだ民族と、稲作を取り入れなかったアテルイ・ヒタカミの東北の民。やっぱり民族的な価値観の違いというのは非常に大きいと思います。
 結果的にはそうして主流を占めた、悪く言うと征服、統一してしまったという流れが、この日本の歴史と国土文化の中に有ると思うんです。


___縄文を調べて行くとそういう話に行き着きますね。「そもそも日本とは何ぞや?」と。

 まぁ、そういうことになってしまうんですけど…。
 ただ『古事記』の国譲りの話を見ても分かるように、日本はそのように戦って抵抗するのではなくて受け入れて和合して行ったという側面もあったと思うんですよね。「縄文」というのは歴史では表向き消え去っているように見えるんですけれど、根底には和合の中で生き続けているのではないでしょうか。







土偶と里山

___土偶が発掘された家系にお生まれになって、小宮さんにとって「縄文」とはどんなものなのでしょうか?

 家に土偶が出たことを、小学校時代は不気味な物として捉えていました。ずっと家の中にあったのでちょっと怖いイメージがあったんです。造形的にも何か呪術的な感じで、実際に幼児の骨も入っていたことを子供の頃から知っていましたから。
 長じて20歳以後になって、特に知り合いの芸術家の皆さんが本物の土偶を見たときに本当に感動されて。その姿を見て「あぁ、ここは、、」とあらためて自分のルーツやこの土地の個性を感じるようになりました。自分は貴重な所に生まれたんだなぁ、と人によって気づかされたと言うか。 


___土偶は重要文化財に指定されているそうですね? 

 そうなんです。
 ちょっと調べましたら、今国宝は4点、重要文化財が16点、合わせて20点しかない中で自宅保存は2点だけなんです。
 若い頃は「早く博物館に預けてしまえばいいんじゃないか」と思っていたんです。その方がみんなが見れると思っていましたから。
 最近は、土偶の見学会を実家でやることで、出土した場所に直接足を踏み込んでいただいて見てもらっています。土偶が出土した2400年前の里山も眺める、そしてその遥か向こうに海が見える。晴れると伊豆七島のうち3つ4つ見えましてね。これは贅沢と言うんですか、究極であるなと思います。2400年前に生きていた人の雰囲気とか空気、息吹というのが、出土地点に立つと何となく感じられるんですよね。
 それで、見たい人が見る物かなという思いも大分出てきました。皆さん色々な感想が有りますけど、これもこれでいいのかなと。


___この辺りはすごい土地だったんですね。

 2400年前っていうと、日本全国で7〜9万人くらいだったんですよ。住んでない所には全然住んでいない中で、この辺だと秦野の出雲大社がある平沢と、うちの実家がある所くらいだったんですね。人々が住みたいから住んでいたという土地だったんでしょうね。
 風水においても良い場所だったのでしょうけど、海はもう少し近かったと思いますし、選んで住んでいたというのは凄いことです。戦さがあったり権謀術数が渦巻いた土地って、それはそれで感じるじゃないですか。うちは比較的そういうのがあまり感じられない。長く人が住んでいる村だと思うんですね。
 それは、辿って行くとやっぱり「縄文」の価値観、人々の暮らしの思い、平和、そういうものに行き着いてしまうと思うんですよね。


___土地が平和だから平和に暮らしたのでしょうか?人々が平和だったから平和な土地なのでしょうか?

 それは鶏と卵みたいなものだと思うんですけれど、両方あると思うんです。
 2400年前をピンポイントでみますと、その当時の人は宇宙的なスケールの視野を持ちながら、土地に対する感受性、イヤシロチという言葉が有りますけれど、そういうものを感受する能力が長けていたのではないかと思います。そういう感受性で住む場所を決めていたと思うんです。 


___そういう感覚は呼び戻せるでしょうか?

 現代社会のこの早い流れだと忘れてしまいがちだと思うんですけど、例えばうちの村でもイヤシロチと言われる神社とかにゆっくり足を踏み入れた時に思い出すんじゃないかと思うんです。
 やっぱり日本人には縄文的な和合の価値観が眠っている気がしています。


つづく

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  #1 You're Always There For Me / Choro Azul
#2 My Boat / Melissa Laveaux
#3 Ventilador Rumba-80 / Ojos de Brujo
#4 嘉徳なべ加那節 / 朝崎郁恵
#5 Moon River / Cassandra Willson
#6 Ushasu / Bali

#7 緑の風景 / 渡辺貞夫 

羽ラジ

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 [コラム]

 ちょっと前から、特に311の後、
 「縄文」ということがジワジワとブームのようなことになっています。
 それは、ただ自分探しや流行ということではなくて、
 今の時代の閉塞感をブレイクするための武器を求めてのことではないかと感じています。
 「知恵」という武器 = 縄文の叡智。
 
 そもそも日本の社会はいつから始まったのかと掘り下げて行くと、
 大和朝廷のルーツは弥生時代にまで遡り、その前はもう「縄文」しかありません。
 このことを言い換えて極論するなら、
 日本の歴史は縄文と縄文以後しかないということになるでしょう。
 
 さて、
 「弥生」が日本にもたらしたものは大きく5つあるとされています。
  稲作。戦争。上下関係。伝染病。犬食い。
 稲作を行うには共同体が不可欠ですから、組織が出来て上下関係が生じます。
 そして、稲作に限らず農耕は土地に線を引くことになりますから、
 出来たものの蓄えが集落ごとの格差となって争いのタネとなります。
 また、
 縄文の遺跡において犬は埋葬されたであろう形で出土するのに対して、
 弥生期以降は足だけが発掘されるなど、調理され食された痕跡を伺わせます。
 つまり「弥生」という文化は、
 もともとの縄文日本には無い、外から入って来た違う文化であると言えるでしょう。
 
 一方で、
 「弥生」に無くて「縄文」にあったものを上げるとすれば、
 平和、共生、自律、多様性、宇宙意識、といったキーワードを並べることが出来ます。
 多様な個性が争うこと無く共生していた多次元的な社会。
 今となっては想像するしかありませんが、
 そうした縄文的理想郷のイメージこそ、私たちがこれから築くべき社会を示唆するように思えてなりません。モトカ